ブラジルのお金持ちたち of ENCONTRO




ブラジルのお金持ちたち

Eike Batista Governo de Minas Gerais.jpgBy Governo de Minas Gerais

1)エイケ バチスタ(EBXグループ代表)

Eike Batista


 ミナスジェライス州出身のエイク・バチスタ氏はブラジルの実業家の間でリーダー的存在といえる。

 革命的で斬新なスタイルで投資家を引きつける魅力と才能の持ち主。

 その手腕で成功を成し、ブラジルでトップの実業家を誇っている。

 EBXグループは鉱山作業、物流、石油の事業を展開し、その資産総額はおよそ436億ドルにものぼる。

 バチスタ氏は、グループ全体で株価不安定の影響で多少の資産下落はあったものの、長年ブラジル一の富豪家の地位にいるとともに、2012年度のフォーブス誌のランキングでは、世界で7位となった。

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シルビオ・サントス氏(シルビオ・サントス・グループ)

Silvio Santos

 シルビオ・サントス氏は1930年12月12日出生でユダヤ系移民の2世。リオデジャネイロ出身。父親はギリシャ、母親はオスマン帝国(現トルコ)の生まれ。
 彼は14歳の時から路上でものを売り始め、その後独特なハスキーボイスが注目され芸能の世界へ。
 サーカスの盛り上がり役、広告マン、ラジオDJとナレーターの経歴を持ち、テレビではセノル・アブラバネルの芸名で80以上の番組に出演した。60年代には、宝くじ販売のBau da Felicidade社を設立(2011年Magazine Luiza社に8300万レアルで売却)。
 努力の末、1981年にはチャンネル開設の許可を得てSBT(ブラジルテレビシステム)を開局。現在82歳で実業家とMCの両面を持ち、グループ全体で33社を持ち、2013年の年間売上は約11億5000万ドルと予想される。
 フォーブス誌の2013年度の億万長者ランキングに掲載される。総資産は13億ドル。

Silvio Santos Blog do Planalto.jpgBy Blog do Planalto

アントニオ・エルミーリョ・デ・モラエス(ボトランチングループ)

Antonio Ermirio de Moraes

 ジョゼ・エルミーリョ・デ・モラエス氏が創設し、1962年に後継者としてアントニオ氏はボトランチングループの筆頭者となる。彼のマネージメントの元、グループは原料集合体と材料加工の分野でトップに成功。
 現在、56工場、44鉱山社、111社のコンクリート製造所と52カ所に物流センター、それに35カ所の電力発電所を経営。2012年度版のフォーブス誌ではエルミーリョ&ファミリーをブラジル億万長者として3位で掲載。
 現在アントニオ氏はボトランチングループのマネージメントアドバイザーの最高責任者として就任。

 Antônio Cruz/ABr Antônio_Ermírio_de_Morais.jpgBy Antonio Cruz/ABr

アビリオ・ジニス氏(ポン・デ・アスカルグループ)

Abilio Diniz

 1929年にポルトガルから移民してきた父親バレンチン・ドス・サントス・ジニス氏の長男として1936年に誕生。バレンチン氏はポン・デ・アスカルという名前の駄菓子屋を経営していた。1959年、現在のスーパーマーケットを設立。
 息子アビリオ氏は、フランチャイズ展開を見据えた。現在グループ全体で1800社のブランドが加盟。当社を始め、エストラ、ポント・フリオ、カザス・バイアとアサイ卸売り、ほかにも多数の事業を行っている。現在グループの経営権はフランスの財閥カジノ社にコントロールされている。

Abilio Diniz Blog do Planalto.jpgBy Blog do Planalto

ジョルジェ・ゲルダウ・ヨーハンピーター(ゲルダウグループ)

Jorge Gerdau Johannpeter

 ゲルダウグループを創設したドイツ系移民のジョン・ゲルダウのひ孫。14歳の時に、初めて家族が経営している釘生産工場の機械を操作する。それ以降30年間の苦労を重ね、1983年にグループの代表ディレクターとして就任。トップ就任中生産向上に関して最新かつ効率的な論理的事業を導入。
 ジョルジェ氏は76歳でマネージメントアドバイザーのリーダーとして、グループ全体で2011年の経常利益は656億レアル。

Jorge Gerdau Fabio Pozzebom/ABr.jpgBy Fabio Pozzebom/ABr

ロベルト・ジュストス氏(ニューコムグループ)

Roberto Justus

 ハンガリー移民の2世としてサンパウロで出生。58歳(2013年現在)で広告マンの彼が有名になったのは、2004年にヘジ・レコードチャンネルの番組“オ アプレンジス”のメインMCを務めてから。彼の監督のもと続編が6シリーズにわたり、その末数千万人の人達がニューコムグループの数少ない枠に入社を希望。
 現在グループ全体で5社の広告会社を抱える。Y&R社、ウンダーマン社、アソン社、ニューエナジー社とVML@Y&R社。
 2004年、世界最大のコミュニケーショングループの一つである英国企業のWPPへの参画によって前進。

Roberto Justus poperotico.jpgBy poperotico

ロベルト・マリーニョ氏(1904〜2003)(オルガニザソンス・グローボ)

Roberto Marinho

 1904年、リオデジャネイロ生まれ。21歳の若さでポルトガル移民2世である父親イリネウ・マリーニョ氏が経営していたオ・グローボ新聞社を継ぐ。5年後トップに君臨し、国内で最も影響力のあるコミュニケーションツールとして成長。1965年、60歳の時にテレビ・グローボを開局。
 当時放映を開始するため 、保証金として大きな借金を抱える。70年代初期国内で視聴率トップに成長。ブラジルの社会・政治に大きな影響を与え続けている。
 1995年、90歳の時にマリーニョ氏は、ラテンアメリカで最も大きなテレビプロダクション会社であるプロジャック(PROJAC)を設立、世間を圧倒させた。

RobertoMarinho planetaeducacao.jpgBy planetaeducacao

アレシャンドレ・タデウ・ダ・コスタ氏(カカウショー)

Alexandre Tadeu da Costa

 コスタ氏は大きなアイディアと規模を拡大するため大きな野望を持ち、42歳で当社を国内で最もフランチャイズ店が伸びる会社に成長。大半はサンパウロ州に集中し、店舗数は1225店まで拡大した。
 1988年、17歳の時にコスタ氏は、チョコレートの販売を行っていた母親が経営していた店に参加。同年1988年当店を手作りチョコの大量生産に方向転換、イースター(パスコア)用の商品として50グラムの卵形のチョコレート2000個の注文を取り付け完売を実現した。その後もお手頃な価格でチョコレート商品を販売。
 フランチャイズ展開は2002年に始まり、2008年では年間234店舗をオープンし、ブラジル全国に1400店舗を展開している。

tadeu costa FIESP.jpgBy FIESP

ルイザ・トラジャーノ氏(マガジンルイザ社)

Luiza Trajano

 ルイザ氏は子どものときから、人の接客が好きで、マガジンルイザ社の前身となる叔父のペレグリーノ・ジョゼ・ドナト氏夫妻が経営していた家具・家庭電化製品販売のお店の手伝いをし、徐々に商売人としての才能を開花させていった。70年代末期役員として加わり拡大戦略を導入。低所得者層向けの金利付きの分割払い販売を展開し、32店舗をオープンさせる。1991年62歳の時代表者として昇進。オンラインショップの投資とライバル社の買収にも力を入れる。
 叔父がサンパウロ州フランカ市で始めた小さなお店が、現在では730店舗と国内で16カ所の物流センターを経営 。2011年の年間総利益は76億レアルにのぼる。

Luiza FIESP.jpgBy FIESP

ジョゼ・アレンカル氏(1941−2011)(コテミナス社)

José Alencar

 ビジネスと政界の重鎮。元副大統領のアレンカル氏は今世紀で最も影響力のあるブラジル人の名誉を持つ。
 彼は14歳で生地の商売人としての進路を決意。4年後ミナス州で1店舗目となる”ア・ケイマドラ”をオープンさせる。その経験の成果と資産をもとに、1967年に紡績会社のコンパニア・デ・テシドス・ノルテ・デ・ミナス(コテミナス)を設立。
 90年代には増産を決意し、輸出業にも参戦。その後当社は、生地業界でアルテックス社とサンチスタ社と3社揃いでラテンアメリカ圏内でトップを誇る。

Alencar Agencia Senado.jpgBy Agencia Senado

Photo by Eduardo Amorim

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