世界遺産 サン・ミゲル・ダス・ミソンイスの遺跡群 of ENCONTRO




Cidade-Sao Miguel das Missoes. Atrativo-Ruinas de Sao Miguel das Missoes.2.foto Solange Brum.jpgPhoto by Solange Brum

サン・ミゲル・ダス・ミソンイスの遺跡群

場所: リオ・グランデ・ド・スル州サン・ミゲル・ダス・ミソンイス
登録年:1983年
登録区分:文化遺産
遺産名:Ruins of Sao Miguel das Missoes





 南米大陸の発見以来、先住民インディオとの関係はこの大陸を征服したスペインやポルトガルにとって常に大きな問題でした。
 価値観や人生観のまったくちがうインディオを取り込むために新大陸に送りこまれたのが、キリスト教の新世界への布教に燃えるイエズス会の修道士たちで、17世紀から南部のアルゼンチンとの国境をまたいだ広大な地域に住むグアラニ―族をキリスト教に改宗させるためいくつもの教化村が建てられます。
 教化村では近隣に住むインディオに修道士が文字や聖書を教えながら共同生活が営まれ、ある種の理想郷が形づくられましたが、18世紀にブラジルのバンデイランテス(開拓者・未開の地を探検するとともにそこに住むインディオを奴隷として連れて帰ることもありました。)が隆盛を極めはじめるとその探検がポルトガル・スペイン本国の領土拡大政策とも合致した事と、教化村では奴隷狩りから逃れたインディオを多数匿っていたため、度々バンデイランチの襲撃を受けるようになります。理想郷の創造を目指す修道士達と植民地拡大を目論む本国との溝は深まり、ついに18世紀半ばにはアメリカ大陸からのイエズス会追放が決定され、この地域にあった数々の教化村もそのまま放置されてしまいました。
 その後、歴史に埋もれたままになっていた教化村ですが、近年になって再発見され、その歴史的・宗教的な価値から、次々と再評価がなされます。
 ブラジル側にあるこのサン・ミゲル・ダス・ミソンイスがまず1983年にユネスコ世界遺産に登録され、翌年には続けてアルゼンチン側の他の4か所も追加され「グアラニ―のイエズス会伝道所群」となりました。
 行き方:州都ポルトアレグレからバス・車で8時間、または空港のあるサンタ・カタリーナ州のシャペコChapecoからバス・車で4~5時間ほど。