世界遺産 オウロプレット of ENCONTRO




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オウロ・プレット

場所: ミナス・ジェライス州
登録年: 1980年
登録区分:文化遺産
遺産名:Historic Town of Ouro Preto




 17世紀末に郊外の川で黒い石が見つかり、その黒い石がパラジウムと化合した金である事が分かると、一攫千金を夢見る人々がブラジル全国だけでなく遠くヨーロッパからも押し寄せ空前のゴールドラッシュが出現します。
 こうして出来た村「ビラ・ヒッカ(Vila Rica 豊かな村)」は急激にその規模を拡大し、瞬く間にミナス・ジェライス地方の首府となり、金を掘り当て財を成した者は自分の権威を誇示するかのように教会に大金を寄付し、当時一流の建築家や彫刻家をヨーロッパから呼び次々と壮麗な教会が建てられました。
 しかし18世紀の中ごろから金の産出量が減り始めると、本国ポルトガル政府の重税に耐えられなくなったビラ・ヒッカの人々の間にポルトガルへの不満が広がり、ついには有志によるブラジル独立の計画が立てられます。計画は直前で暴露し、首謀者は捕らえられ中心メンバーであったチラデンチスは死刑になってしまいますが、この独立運動が引き金となり、人々の間にブラジル人としてのアイデンティティが生まれやがては19世紀初めの独立へと大きく動き始めるきっかけとなりました。
 町の名前が「ビラ・ヒッカ」から現在の「オウロ・プレット」へ変わったのもちょうどこの頃で、名前の由来は最初に見つかった黒い金(オウロ・プレット)から付けられています。その後オウロ・プレットは金の減産と共に廃れはじめ、18世紀末にはベロ・オリゾンテへと首府が移されます。
 しかしこの街の黄金時代に最高の技術と惜しみなく費用をかけて造られた教会などのバロック建物はその後も残り、1980年にブラジルで初めてのユネスコ世界遺産に選ばれました。このようにブラジル独立の歴史そのものともいえる波乱の歴史を持つオウロ・プレットですが、現在では人口6万人ほどの山間の美しく、静かな古都として世界中から訪れる観光客を優しく迎え続けています。